夜が好き、Alfee - 水曜の朝、午前三時

ここしばらく、「仕事から帰って、一杯飲みながら晩ご飯を食べたらダウン→夜中に起きて朝まで活動→少しだけ休んで、そのまま仕事」というパターンが多い。

圧倒的に、夜が好きだ。
物思いに耽る、本を読む、音楽を聴く、ギターやベースを弾く……
何をやるにしても、一人で静かに、思う存分深い所に潜っていける時間は、俺にとってかけがえのないものだ。



思い返せば、小学校の高学年くらいから、夜更かしなタイプだ。

ニッポン放送のオールナイトニッポンで、深夜ラジオに目覚めた。
中島みゆきさん、とんねるず、アルフィー、鶴光さん、デーモン閣下、サンプラザ中野さん、大槻ケンヂさん……
俺の育った石川県金沢市は、当時は北陸放送がネットしていたのだが、二部はやっておらず、午前三時からは、歌うヘッドライトだった。



よく、手紙のような文章を書いた。
多くは、憧れの人への、届くあてのない想い。
友達への、熱い気持ち。
そして、自分への問いかけ。



実家は高台(単に山の方なだけ)にあった。
出窓に座って、夜景を見ながらタバコを吸うのが好きだった。

黒い空が少しずつ明るくなり、グレーから紺色に変わる。
ときどき、夜と朝の間に、世界が信じられないくらい綺麗な紫色に染まる瞬間があった。

そして、また朝がやってくる。



できればずっと、夜の世界で生きていけたら、と思う。
もちろんそれは無理、というか、それじゃ単なる引きこもりになってしまう。

夜があるから昼があり、昼があるからこそ、夜がある。

いつか、永遠の、真の闇が俺を包み込むまで、短い、昼と昼の間の時間を大切にしたいと思う。



あれから三十年。
こうして今も、誰に届くあてもない、きっと、自分への言葉を綴っている。
時には、この曲を聴きながら。



木曜の朝ではあるけれど。

もしかしたら、あなたに届くかもしれないと、微かな希望を抱きつつ。

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アウトレイジ、アウトレイジ・ビヨンド

バンド結成前後の勢いが少し落ち着き、日常生活で音楽をやる時間が少し減った感があったのだが、同級生のヒロシから、「デモというかモチーフを作ったのでドラムとギターをアレンジしてくれないか」と言われた。
ヒロシとは高校時代、ずっと一緒にBOOWYをメインにしたコピー・バンドをしていたし、今となっては、細々とはいえ繋がってくれている唯一の同級生。
ベース・ラインを聴けば、どんな曲をイメージしているのか、手に取るようにわかる。
ヒロシの頼みとくれば、一肌どころかパンツまで脱いだっていいと思っているので、さっそく着手。
「年末のライヴまでに間に合わせたいので、なるべく早めに」
という話だったので、深く作り込まず、シンプルな感じで送り返すと、「ドラム君が厳しいので、ドラムはなるべくシンプルに」と。
へいへい、こんなモンでいかがでしょうか、ダンナ。
つことで、二曲、といっても、それぞれ一分ちょいのモチーフだけど、終了。

がぜん音楽づいてしまい、日曜はずっとギターとベースを弾いていた。
そもそもがギターが本職ではないし、ベースは初心者なのだけれど、弾いてると楽しい。
最近、通勤で歩いているときなど、左手の指を意識的に動かすようにしているせいか、以前より滑らかに弾けている気がする。
でも、あまり弾き慣れていないフレーズとかは難しい。
アルフィーの「星空のディスタンス」のアウトロとか、てんやわんやだ。
少しテンポを遅めてだけど、布袋さんのCutting Ageのイントロのリフのコピーにハマっている。
今さらではあるけれど。



ヤクザとか暴力団とか、実際には怖いのだけれど、どこか惹かれる部分がある。
命懸けの関係性の中の信頼とか、筋を通すことを大切にするとか。

昔のだと、長渕剛さんと哀川翔さんの「とんぼ」とか、中井貴一さんと松山千春さんの「武闘派」、哀川翔さんの「獅子王たちシリーズ」なんかが印象に残っている。

ビートたけしさんのアウトレイジ、アウトレイジ・ビヨンドも、いつか観たいと思いながらなかなか機会がなかった。

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しかしまあ、これだけ謀略、裏切りの連続だと、それはそれである意味面白い。

椎名桔平さんて、ちゃんと観たの初めてだけど、かっこいいなあ。
高橋克典さんは、セリフとかほとんどないんだけど、クールな雰囲気で存在感があった。
桐谷健太さんて、最初は「小栗旬さん?」と思うほどイマドキの芸能界を知らないのだけれど、調べたらauの浦島太郎だったのね。

アウトレイジがスピード感があって凄惨だったのに対して、ビヨンドの方は少しストーリー的な気がした。
登場人物も、アウトレイジの方が個性を感じたが、ビヨンドの、桐谷さん演じる嶋。
あの、なんとも言えないぶっ飛んだ感じは、逆に身近に存在してそうでとても怖い。
でも、木村(中野英雄)を無条件に慕う、子犬のような瞳が切なかった。

最終章、映画館で観ようか迷ってる。

ストレートに生きよう、松たか子「アナと雪の女王」

ここしばらく、けっこう大きな波に身を任せていた感じがする。

いろいろ感じたり、考えたり、想い出したり。

今日は、人生で一番楽しかった、中学校一年の頃のあれやこれやを想い出していた。

子供なりに、もう二度とこんな季節は巡ってこないということに気付いていた。



今まで、気を使いすぎていたと思う。

これはまあ、育てられ方とかが大きく影響しているとしか思えないのだけれど。
いつも、空っぽのアタマをフル回転させながら、
「こうしたらどうなるだろう」
「こう言ったらどう受け止められるだろう」
「失敗したらどうしよう」
とか、そんなことばかり考えていた。

人の顔色を窺っているように見られたくなかったので、表向きには、精一杯平静を装っていた。
自分でも、
「あくまでも慎重なだけ」
と思い込むようにしていた。
でもまあ、結局は、裏切られたり、追い詰められるのが怖かったんだと思う。
慎重に、あれこれ考えたって、うまくいくとは限らない。
むしろ、あまり考えずに、楽天的に生きていく方が、悩んだ挙句に裏目に出るより、ダメージは少ないんじゃないかとすら思う。

で、まあいろいろあって、大きな挫折を経験して、だいぶ復活した今の自分がいる。



昔の俺は、そこそこ面白いヤツで、そのかわり感情の振れ幅が大きいから、マジで腹が立ったら、とことんやり合わないと気が済まないタイプだったと思う。
筋を通さないとか、口先だけとか、実力もないのに偉ぶってるヤツとかが射程距離に入ると戦闘モードに入り、実害が出始めたら、勝負。
もちろん、負けることも多かったけど、やるだけやった、という満足感はあった。

でも、挫折してから、怒りをエネルギーに変えるどころか、生きることすら苦痛だった数年間を経て、全ての自信を失った。

肩で風を切って、気に食わないヤツは叩きのめして生きてきたぶん、自信を失った状態で同じ場所に身を置くことは、本当に辛かった。
かつて、自分がバカにしていたように、バカにされているとしか思えなかった。
昔の俺だったら絶対に許さないような目に遭っても、卑屈な笑いを浮かべて、肩をすくめるしかなかった。

やっと最近、本気で怒れるようになった。



怒っても、昔みたいに、溜めに溜めてドッカーン、という形はとらず、できる範囲で、早めに、なるべく率直に自分の気持ちを伝えようと努力することも覚えた。
特に、自分にとって、大切だと思う人たちには、かつてのような、
「完璧に理解し合えることなんて不可能なんだ」
「失望するくらいなら、距離をおいておこう」
なんて考えは、むしろマイナスにしかならない、ということを学んだ。

今の俺は、昔みたいにひねくれ者ではなく、かなりストレートに生きていると思う。



昔からつるんでくれている少ないダチももちろんだけれど、
「今の俺」
に、好意を持ってくれている人たちも、幸いながら、少なからずいる。
と思う。

どうせ、生きてたってあと三十年。
思うように動けるのは、あと十数年。

後悔はしたくない。



ふだん、テレビは晩ご飯を食べるときしか見ないし、ニュースも、ネットでトピックにさらっと目を通して、気になったものに目を通すくらいしかしない。
もう、供給過多で溢れきってるし、思惑が絡みすぎてて近付きたくないから、意図的に距離を置いている。

そういう壁を築いていても入ってくる情報というのは、それなりに価値があると思っている。

アナと雪の女王は、そんな、
「壁を越えようとしているもの」
の一つだ。

信頼できる複数の情報源から、
「あなた/君/オマエこそ、観るべきだ」
とのコメントもいただいている。

もう、ここ数年、というか元からなのだけれど、
「新しいもの」
には、特に大きな壁がある。

「観た、読んだ、聴いた挙句、時間の無駄だった」
という気持ちになってしまうことに、ものすごく抵抗があるのだ。
だから、気に入ったものばかり、何度も、何度も、何度も繰り返し反芻する。

相反する話になるが、ある程度歳を取ると、経験上、
「あ〜、こんな感じね」
と、大方の物事は、予測できるようになる。
良くも悪くも。

そういう意味では、アナと雪の女王はヤバい。
これ観ただけで、涙がポロポロこぼれちゃうんだもの。



アナと雪の女王を頑なに避けるのは、嫌いなのではなく、
「心を揺さぶられるのが怖い」
ということもわかっている。

今夜やろうと思っていた、ヒロシに頼まれたオリジナルのベース・ソロのデモ音源用ドラム・アレンジを後回しにして、これからアナと雪の女王を観ます。

ギター練習用カラオケ「BOOWY - Like A Child」

昨夜、というか今朝は、だいぶ飲んだようだ。
明け方には、カップ焼きそばも食べた模様。
記憶が定かではない。
一定量以上酔うと、満腹中枢が完全に機能停止するんだよな……



バンドを立ち上げる時点で、何曲か候補曲をあげて、オケ音源を作ってレパートリーにしたのだが、ベースのはまさんが「Like A Childも演りたいんだよね〜」と。
2011年に、当時のWindows & SONARで作った音源はYouTubeに残っているが、データも残っていないし、当時より音源も技術も進化しているので、打ち込み直すことにした。

昼過ぎから打ち込み始めて、夕方遅めには、一応できあがり。

ギター練習用カラオケ「BOOWY - Like A Child」


打ち込みも、だいぶ早くなった。
耳コピもそうなのだが、「ま、こんなモンでいいか」と、ある程度のところで踏ん切りをつけられるようになったのも大きいと思う。

今回は(も?)、ハイハットのニュアンスに気を使ってみたので、お暇でしたら聴いて(使って)みてください。

次は、ブルー・ハーツ!
「君のため」と「チューインガムをかみながら」を演ってみたいので、これから作業開始なのだ。

勘違いしてはいけない-米空軍中将の訓示を聴いて

ここ数日、たまたま友人と、「ネットの力」について話していた。
ネットで拾える情報は玉石混淆で、というより石の方が多いと思うが、こんな訓示を聴くことができるのは、間違いなく「玉」の方のネットの力と言っていいだろう。



空軍士官学校予備校内で人種差別的な発言(掲示板への書き込み?)があったことに対する、士官学校校長の訓示らしい。

たぶん一般の人には、軍隊という存在はあまり身近でないだろうから、誤解や想像、あるいは日本だと、特に、物心つかない頃から刷り込まれた「反戦=正義、戦争・軍隊=悪」というイメージが強いと思う。

YouTubeやFacebook等におけるこの動画へのコメントを見ていても、頭が痛くなる意見が多い。
特に勘違いしているのが、「中国、韓国、北朝鮮を差別している日本人にこそ聞かせたい」というようなものだ。

この校長は、あくまでも「米空軍の一員として、米空軍の一員同士のあるべき姿」を未来の米空軍士官、あるいは米空軍士官であろうとしている者に対して諭しているのであって、聴衆全員に、全世界の人々に対してそうせよ、と言っているのではない。

こういうことを言うと、「お前みたいなのこそを差別主義者というのだ」という人がたくさん出てくるのはわかっている。

しかしよく聴いてほしい。
校長は、一言も、母国を侮辱する相手にすら「尊厳を尊重しなければならない」とは言ってはいない。

軍事は外交の延長でしかなく、利害が対立すれば、究極的には相互に実力に訴えることになる。
冷徹な国際関係においては、実力が劣る方が負ける。
直接的な戦闘に至るまでもなく、経済力、軍事力で対抗できない状態であれば、相手の言うがまま、なすがままだ。

あなたは、どれだけ冷静に話し合おうとしても聞く耳を持たず、圧力を加えてくるような相手に対し、苛立ちや嫌悪感を持たずにいられるだろうか。
どこまでそのような侮辱に耐えられるだろうか。

あるいは理不尽な、いわれのない暴力に直面したとき、甘んじてそれを受け入れられるだろうか。
自分だけでなく、家族や友人など、愛すべき人たちのささやかな生活が目の前で引き裂かれようとしているその時に。

アメリカは、かつてほどではないにせよ、それでも現在、世界で最も強い「実力」を持つ国だ。
目に見える、あるいは目に見えない部分で、莫大な投資をしている。
軍事力は、その代表的な投資先の一つだ。

軍隊なんて、政治的には、単なる国家の機能の一つでしかない。

しかし、そこに属する人たちは、命を懸けている。
何かことが起こったら、命を盾に、国を守る。
それが普遍的な正義に基づく行為なのか、あるいは国を守りきれるかどうかは、別の話だ。
正義であると決めるのは、守られる国民であり、守りきれるだけの存在として運用するかどうかは、政治が決めることだ。

命を懸ける軍隊において、最も大切なことの一つは「信頼」だ。
上下、横、過去、未来。
全ての方向において、信頼がなければ、命を懸けることなんてできない。

そんな環境において、最も忌むべきことの一つが、正当な理由なく相手を侮辱する「差別」だ。

性格やマナー、態度が著しく悪い等、ある種の一定の基準から大きく外れる人間は少なからずおり、そういう人は、たいていの人から煙たがられ、嫌われるだろう。
そのような「理由」がなく、根拠のない決めつけや思い込みで、相手が自分より劣っていると侮辱するのが差別だ。

ほとんどの人は、誰かに嫌悪感を持つに至るには、それなりの理由がある。
それでも、誰にも、その人なりの価値観や主義主張があることを理解し、ある程度は相互にそれを認めるべきだと思っているから、我慢もする。

しかし、考えてみてほしい。
駅のホームで、割り込んできた人に、何のためらいもなく「どうぞどうぞ」と順番を譲りますか。
あなたはそれでいいかもしれないが、あなたの行為は、あなたの後ろに並んでいる人たちの幸せにつながるだろうか。
あるいは、電車の中で、足を踏まれ、どう考えても相手が足を踏んでいるという認識があるはずであるにも関わらず、そのまま黙って足を踏まれ続けているだろうか。

もしあなたがそこに違和感や怒りを感じないなら、私はあなたとは分かり合えない。

私は「割り込むべきではない」と言いたいし、「足を踏むのをやめてください」と言いたい。
もちろん、言えるときもあれば、言えないときもある。
しかし、自分自身だけでなく、愛する恋人や愛する我が子が、理不尽な侮辱や暴力に直面したら、あなたはそれを甘んじて受け入れることができるだろうか。

私には、できない。

「軍」や「軍隊」、「戦争」と聞くと、誰しも多かれ少なかれ、「怖い」と感じる。
それはそうだ。
いざとなれば、「命」すら奪う力を持っているのだから、怖い。
でも、「命を奪われないための力」というのもあるのだ。

見るからに武道を嗜んでいる、格闘技をやっていそう、あるいは、それこそナイフや拳銃といった「武器」を持っている相手に、何も考えずに挑む人はそうはいない。

仮に、自分や、自分が守るべき人が、いわれのない、理不尽な危害を加えられそうになったとき、あなたならどうするだろうか。
その場では、できるだけ自分でなんとかしようとするのではないだろうか。
そして、可及的速やかに、警察に通報するだろう。

今の私達にとって、「戦争」は身近なものではないから想像しにくいかもしれないが、個人の場合を、国家間の場合に置き換えて考えてみてほしい。
個人が理不尽な人為的危険に晒されたら、頼るのは、その瞬間は自分自身であり、次は警察だ。
国家間で理不尽な危険に晒されたら、頼るのは、どこか。
それが、軍隊だ。

回りくどい話になってしまったが、結論としては、この空軍中将は、決して、「世界中の誰も彼もに対して『尊重し敬意』を持って接しろ」などとは言っていないということだ。
それが、世界で一位の軍事力という実力を持つアメリカの、空軍の士官、つまり軍隊という組織における管理職を養成する部門の責任者である校長の訓示の本質である。

以下、誰が訳したのか調べていないが、おそらくアップロードした方が付けたであろう、動画の字幕を引用する。
拙い語学力で、観て、聴いた限り、ニュアンスも含めて、おそらくそれほど間違っていない訳だと思う。



もう聞いたかもしれないが(士官学校)予備校で誰かが
人種差別的な侮辱を伝言板に書いた

まだ聞いてなかったなら
私の口から聞かせたかった

差別の言葉に激怒しているなら
ここは君のいるべき場所だ

あのような振る舞いは予備校でも士官学校でも
米空軍でもあってはならない

君たちは激怒するべきだ
空軍兵としてだけでなく
人間として

とんでもない言葉や
とんでもない考えに対する
ふさわしい反応というのは
適切な反応というのは
もっとましな考えを返すことだ

私がここに来たのは
そのためだ

壇上に教職員がこれだけ大勢上がっているのは
そのためだ

職員のみんなは観覧台の方へ

おまけに本当に大勢が窓の外にぐるり並んでいる
この人たちは教職員や監督、教官たちだ
空軍基地からも
司令本部からも来ている
第10航空基地航空団や米空軍士官学校の全部門から
首脳陣もここにいる
グッドウィン准将の話も聞いただろう
アーマコスト准将も来ている
士官学校陸上競技部門のブロック大佐もいる
ノルトン氏はいまワシントンにいる

だからみんな
ここに集まったんだ

もっとましな考えがあるから

諸君の中にはあれは予備校のことで
自分たちには関係ないと思っている人もいるかもしれない

ここでは何もかも完璧だなどと思うのは
おめでたい脳天気だ

この話題を話し合うべきでないなどと思うのは
おめでたい脳天気だ

そしてこの国で起きていることが背景にあると思わないなら
それはまったく情勢に鈍感すぎる

シャーロッツビルやファーガソン
NFLの抗議行動など

だから私たちには
もっとましな考えがあるんだ

その考えのひとつとして
教頭がみんなを集めて
シャーロッツビルについて話し合った

我々は真っ当に話し合うべきだからだ

きちんとこういう問題について話し合うべきだからだ

その方がましな考えだ

シャーロッツビルについての議論で
素晴らしい意見がたくさん出た

でも私にも
ましな考えがある

我々の多様性について

そしてその多様性の力について

4000人の諸君と
壇上や窓際にいる教職員全員の
多様な集団としての力について

我々が様々な境遇から
国内各地からこうして集まり
あらゆる人種
あらゆる背景
あらゆる性別や生まれ育ちの人間が
こうして集まったその多様性の力があればこそ
我々はその分だけ強くなる

その方がずっとましな考えだ

狭量でとんでもない考えよりも

この部屋には5500人が集まっている

自分たちがどういう存在なのか考えるいい機会だ

この組織は我々のもので
我々の価値観は誰にも奪えない

掲示板に何かを書いて我々の価値観を問いただすなど
そんな真似は誰にもできない

誰も我々の価値観を奪ったりできない

なので念のため
この件について私の意見がはっきりしないと
万が一でも思っているなら
私の今日一番の大事な考えを伝えておこう

もし誰かの尊厳を尊重し
敬意と共に接することができないなら

出ていきなさい

性別の違う相手を
それが男性だろうが女性だろうが
尊重し敬意をもって接することができないなら

出ていきなさい

たとえどんな形でも人を侮辱するような者は

出ていきなさい

人種が違う
あるいは
肌の色が違う相手を
尊重し敬意をもって接することができないなら

出ていきなさい

みんな電話を出して

本気だ
電話を出して

わかった

出さなくてもいいが
取り出す機会をあげているんだ

電話を出して
これを録画しなさい

保存して
活用できるように

我々がみんな一丸となって
道義的な勇気を持てるように

壇上のスタッフ
窓辺の関係者
この部屋の全員が

これは我々の組織だ

諸君が私の言葉を必要とするなら
私の言葉を持っていてほしい

私の言葉を使って覚えて
共有して話し合うように

他人を尊重して敬意をもって接することができないなら

出ていけ

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江口竜臣/catsops

Author:江口竜臣/catsops
80s、ギター、BOOWY、村上春樹、西原理恵子、Mac、Logic

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